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八幡浜簡易裁判所 昭和43年(ろ)7号 判決

被告人 水内敏雄

主文

被告人は無罪。

理由

第一本件公訴事実は、

「被告人は、

第一、昭和四〇年七月八日、八幡浜市本町所在中央公民館において、文化財保護委員会の係官に対し、鎌田充治から譲り受けた脇ざし一振(刃渡り三四、五センチメートル、銘、表竹中源四郎、裏堺国光)を、自己が妻の実家で発見したものであるとうそを言つて登録の申請をし、よつて即日、愛媛第二三、六五七号で登録を受け、もつて偽りの方法により右脇ざしの登録を受け、

第二、昭和四一年六月二八日、前同所において前記委員会の係官に対し、鎌田充治から譲り受けた脇ざし一振(刃渡り三七、八センチメートル、無銘)を、自己が自宅で発見したものであるとうそを言つて登録の申請をし、よつて即日、愛媛県第二五、三六七号で登録を受け、もつて偽りの方法により右脇ざしの登録を受けたものである。」

というのである。

第二当裁判所の認定した事実

被告人の当公判廷における供述、鎌田充治の司法警察員に対する供述調書謄本(二通)、被告人作成の刀剣類発見届謄本(二通)、押収してある脇差二振り(刃渡り三四、五センチメートル〔昭和四三年押第三号の一〕、刃渡り三七、八センチメートル〔同年押第三号の二〕各一振り)及び銃砲刀剣類登録証二通(愛媛県第二三六五七号〔同年押第三号の三〕、同県第二五三六七号〔同年押第三号の四〕各一通)を綜合すると、

「被告人は、

第一昭和四〇年七月八日、八幡浜市本町所在中央公民館において、文化財保護委員会の係官に対し、鎌田充治から譲り受けた脇ざし一振(刃渡り三四、五センチメートル、銘、表竹中源四郎、裏堺国光)を、自己が妻の実家で発見したものであるとうそを言つて八幡浜警察署に発見届けをし、同署長から交付を受けた刀剣類発見届出済証を登録申請の際提出し、よつて即日、愛媛県第二三、六五七号で右脇ざしの登録を受け、

第二昭和四一年六月二八日、前同所において前記委員会の係官に対し、鎌田充治から譲り受けた脇ざし一振(刃渡り三七、八センチメートル無銘)を、自己が自宅で発見したものであるとうそを言つて八幡浜警察署に発見届けをし、同署長から交付を受けた刀剣類発見届出済証を登録申請の際提出し、よつて即日、愛媛県第二五、三六七号で右脇ざしの登録を受け

たものである。」ことが認められる。

第三当裁判所の判断

一  銃砲刀剣類所持等取締法は、その第一条で「銃砲、刀剣類等の所持に関する危害予防上必要な規制について定める」と規定し、一般的に危険物としての銃砲刀剣類の所持を禁止し(第三条)、その所持を必要と認める場合においては、原則として都道府県公安委員会または都道府県教育委員会の許可または登録にかからしめ(第四条、第六条、第一四条、第一九条)、その実体を把握するに便ならしめ、かつ必要な規制を加えて危害予防の目的を達成しようとするにあることは明らかである。

そして同法第一四条及び第二三条も、同法の趣旨目的に照らして解すべきであることは言を挨たず、従つて未登録で刀剣を所持する者は、一応不法所持に該るわけであるが、右第二三条、第一四条に基いて発見届けをし、登録手続をとらせることによつて、潜在している刀剣類を顕在化し、危険防止のため必要な規制を加えうるよう配慮の上、立法されたものであることは、第二八回国会における政府答弁をみても明らかである。

すなわち、鈴木寿参議院議員の「……これは常識的に言えば、今そういう、いわゆる登録を受けなければならないようなものの所持はないはずだと思うんです。……いずれも終戦後所持し得ないことになつておつたと思いますけれども、当時も美術品としての価値あるようなものであれば、これは登録をして許される、こういうことになつておつたと思いますから、今も出てくるものは、これはもぐりだと思わなければならぬと思いますが、その辺の御見解はどうですか。」との質疑に対し、

政府委員は「お説の通りでございます。現在あれば犯罪になる、こういうことになると思います。ところが、これが運用としましては、犯罪々々だといつておつては解決しないのでありますから、潜在している危険物をなるべく顕在化して、合法な線に持つていきたいと思います。その一つの方法としましては、二十三条の規定を活用いたすのでございますが、現在そういう刀剣は、今発見したという届出があるような場合におきましては、その届出を重視いたしまして、その発見に基いて合法な線に持ち込んでいく、こういう努力をいたしまして、潜在する危険物は顕在化して危険をなくしていこう、こういう努力を続けたいと思います。」と答弁していることからも明瞭である(参議院地方行政委員会会議録第四号、尤も右は旧銃砲刀剣類等所持取締法案審議のものであるが、現行法も右の点は同じである。)。

そして、右の考え方に立ち、実際上の取扱いにおいてもそれが各地で生かされておることは、飯田一雄作成の「刀剣春秋」(昭和四〇年一〇月一日号)によつてもこれを知ることができる。すなわち、右刀剣春秋によれば、茨城県において、実に七、三一五本の銃砲刀剣類の発見届けをした馬籠亀吉に、県防犯協会長(同県知事)及び水戸警察署長が感謝状と記念品を贈つたことが認められることからも、十分推認し得られるところである。

二  本件の場合、被告人は前認定のとおり八幡浜警察署に対し、同法第二三条により発見届けをする際、真実発見したものでないのに偽つて妻の実家(第一の事実)及び自宅(第二の事実)で発見した旨申告し、それを受理した同署長は、被告人に発見届出済証を交付し、被告人はこれをもつて同法第一四条に基いて愛媛県教育委員会に登録手続をしたもので、従つて形式的には登録手続自体に何等「偽りの方法」に該当する行為はなく、ただ右委員会は、登録手続をなすにあたり、警察署長の刀剣類発見届出済証を形式的に審査するに過ぎない点から(愛媛県社会教育課山岡某から八幡浜警察署長あて「銃砲刀剣類の登録について」と題する電話聴取書による)、実質的には、右発見届けで偽つたことがそのまま右委員会をも偽る結果になるに過ぎない。(なお同法第二三条の発見届けについて「偽りの方法」をとつた場合の処罰規定はない)

そして、右実質的に偽る結果をとらえて、同法第三一条の三第三号、第一四条に該るとしても、前記同法の立法趣旨(特に危険防止のため、潜在している危険物としての刀剣類を顕在化し、必要な規制を加えうるようにしようとする目的)等から考察するとき、被告人の本件各行為は、犯罪成立の一要件としての違法性(可罰的違法性=処罰価値を有する違法性)を欠くものというべきである。蓋し、犯罪がその一要素として、道義的に、或いは社会的に非難に値いする行為(すなわち法秩序の精神、法の理念に反する行為)であるか否かを、構成要件の充足、有責性と共に、一つの価値基準とするものであり、そしてこの基準に照らして考察するとき、前記の同法の立法趣旨・目的、更に実際上の取扱い等から判断すると、被告人の本件各行為は同法第三一条の三第三号、第一四条違反の行為としてとらえる限り法秩序の精神、法の理念に反するものというを得ないからである。

三  以上の次第で、被告人の本件各行為はいずれも罪とならないものといわなければならない。

よつて刑訴法第三三六条により、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢代利則)

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